空飛ぶキリンとお茶会

The most beautiful thing in the world is, of course, the world itself.



フライングジラフ名義でボーカロイドの作品をニコニコ動画に投稿しております。
ミクさんやゆかりさんをはじめ、GUMI、IAなどを使用します。
民族音楽やポストロックなどを好んで聴き、そして、作ります。
もっとメロディアスな音楽を。もっとおかしな音楽を。
―ちょうだい。
2014年02月 ≪  12345678910111213141516171819202122232425262728293031 ≫ 2014年04月
TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2014年03月
ARCHIVE ≫ 2014年03月
      

≪ 前月 |  2014年03月  | 翌月 ≫

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。



web拍手 by FC2

「すみっこの空さん」を読みまして

こんにちは。

sora0000.png

すみっこの空さんという漫画を読みました。
ジャンルは、「よつばと!」「リューシカ・リューシカ」をはじめとしたほのぼの系です。

主人公は人間ではありません。
ペットの亀の視点となって登場人物の生きる日常を観察する感じです。

亀の名前はプラトン
プラトンと言えば、ソクラテスの弟子、アリストテレスの師。
そう、古代ギリシアの哲学者の名前ですね。

プラトンのご主人様は夢破れて田舎へ越してきた男性。
本編では本名は明かされていませんが、
お隣に住む少女幼女・空さんから何故か「神様」と呼ばれることになります。

空さんが名前を教えてくれるときに「空です!」と言いました。
それをプラトンは「ソラテス!」と聞き間違えます。
そうです、プラトンは空さんのことをソクラテスだと思い込んでしまったのです。


sora0002.png

哲学者の名前が出てくるので何となく察すると思いますが、
この漫画では哲学的なお話が繰り広げられます。
空さんとプラトン、そして周りの人々が見つける小さな哲学。
でもそれは大きな発見なのです。

sora0004.png

各話に一つ以上、偉人の名言がそのまま記載されています。
その話を締めくくるたった数行の言葉が何故か胸に響くのです。

それにしても、空さんはコナンくん並に年齢偽ってる感がありますね。
一体何者だよ、って感じです。

それでわ。



web拍手 by FC2
スポンサーサイト

「紫色のクオリア」を読みまして

こんにちは。

0001.png

「紫色のクオリア」という作品を読みました。
素晴らしかったです。
イラストだけ見れば、百合百合したお話なのかと思いますが、
そんなことはなかった、SFジュブナイルの傑作でした。

少女・波濤学は偶然のきっかけから、
紫色の瞳をもった少女・毬井ゆかりと親友になる。
ゆかりの見る世界は常人とはズレており、
学や周囲の人間が"ロボット"に見えているのだそうだ。
その能力で警察に協力することもあり、
あるとき、学は事件に巻き込まれ、左手を負傷するが…。


0002t.png

ここまでだと普通の日常ものやバトルものの導入ですが、
警告しよう、 ──ここから、物語は、急転する。
続きは、自分で読んでみてください。後悔はないと思います。


「バックトゥザフューチャー」をはじめ、
SFというジャンルにわたしは恋焦がれるようです。
タイムトラベルや宇宙が特別好きというわけではないですが、
わたしにとって、SFは突き詰めてしまえば哲学になってしまうのです。

0003.png

■ どこがはじまりなのか…という疑問

タイムトラベルものやタイムリープものでよく聞く「タイムパラドックス」。
例えば、「未来の自分」が過去に行って、「過去の自分」を殺したとき、
「未来の自分」はすでに存在しないわけだから、過去の自分を殺すという事象も消え去るべきだ。

きっと納得できる答えは出ないだろう。
これはひとつの世界線・タイムラインで考えてしまうからパラドックスなのである。
堂々巡りから抜け出すためには、多世界解釈(パラレルワールド)が一番腑に落ちる。
そう、「未来の自分」が殺したのは、別の世界の「過去の自分」なのかもしれない。

多世界解釈を認めるということは、無限の可能性を認めることになる。
人間ではないわたしだって、存在する可能性はある。
すでに死んでしまっていて、現代ではわたしは生きていない可能性もある。
すべての自分はきっとどこかでリンク(繋がって)しているような気がする。
わたしは22歳の会社員だとも言える。
わたしは15歳の高校生だとも言える。
わたしは0歳の赤ん坊だとも言える。
そう考え始めると、どこが始まりなのかわからなくなってしまうのだ。

0004.png

■ 「観測される」のはどの過程…という疑問

量子は、誰も観察していないときには「波」になって、
誰かが観察しているときは「粒」になる。


観察されるまでどちらか決定されない。
観察されるまでは、「波」と「粒」がどちらも可能性として存在している。

量子というのは物質を形作っている原子などの物質の単位。
人間の身体も量子でできている。
つまり…、人間も可能性として存在していると言えるのではないか。

いつ誰が観測しているのか。
いつ誰を観測しているのか。
その可能性はいつ確定されるのか。

0005.png

学は無限の可能性を利用していろいろと無茶なことをするのですが、
それもまた可能性として存在しているわけで、なかったことにはならない。
「紫色のクオリア」は小説なのです。だから物語のはじまりと終わりが必要なのです。
でも、本当ははじまりも終わりも存在しないのだと思います。

物語の過程で自分が見てきたすべての可能性は、可能性としてそこに消えず存在している。
自分がそれを観測し、あるひとつに確定したとしても、
それを改めて観測し直すことだって、できるはずなのです。
可能性は無限なのだ。無限について記すにはここでは余白が狭すぎる。

0006.png

■ 現在について

「シュタインズゲート」や「魔法少女まどか☆マギカ」なども
SFとしてかなりおもしろい作品ですので自分は大好きです。
ただ、「紫色のクオリア」で学が提案した『過去と未来』についての解釈はおもしろかった。

「現在のわたし」が「分岐の始点」になるのよ。

0007.png

先程の「どこがはじまりなのか…という疑問」の答えなのだろう。
はじまりは今この瞬間だ。
「過去」も「未来」も「今この瞬間」の自分が可能性の中から選択したものだということ。
そして「今この瞬間」とは0.000000001秒よりも更に小さな単位で変化するものなのだろう。
それは人間の思考回路ではショートしてしまうので考える必要はない。
「今この瞬間」もまた、無限に存在し、無限の可能性を持っているのだ。

0008.png

■ 観測者は誰なのか…という疑問

「シュタインズゲート」や「魔法少女まどか☆マギカ」では明言されていないこと。
ゆかりが発した強烈な一言がある。
わたしの運命はあなたには変えられない、と。
自分の運命を決めるのは自分である。
ゆかりの台詞を学の知識で語り直すとこうなるのかもしれない。

「自分の可能性を観測できるのは自分だけ。」

それでわ。


web拍手 by FC2
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。