空飛ぶキリンとお茶会

The most beautiful thing in the world is, of course, the world itself.



フライングジラフ名義でボーカロイドの作品をニコニコ動画に投稿しております。
ミクさんやゆかりさんをはじめ、GUMI、IAなどを使用します。
民族音楽やポストロックなどを好んで聴き、そして、作ります。
もっとメロディアスな音楽を。もっとおかしな音楽を。
―ちょうだい。
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「紫色のクオリア」を読みまして

こんにちは。

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「紫色のクオリア」という作品を読みました。
素晴らしかったです。
イラストだけ見れば、百合百合したお話なのかと思いますが、
そんなことはなかった、SFジュブナイルの傑作でした。

少女・波濤学は偶然のきっかけから、
紫色の瞳をもった少女・毬井ゆかりと親友になる。
ゆかりの見る世界は常人とはズレており、
学や周囲の人間が"ロボット"に見えているのだそうだ。
その能力で警察に協力することもあり、
あるとき、学は事件に巻き込まれ、左手を負傷するが…。


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ここまでだと普通の日常ものやバトルものの導入ですが、
警告しよう、 ──ここから、物語は、急転する。
続きは、自分で読んでみてください。後悔はないと思います。


「バックトゥザフューチャー」をはじめ、
SFというジャンルにわたしは恋焦がれるようです。
タイムトラベルや宇宙が特別好きというわけではないですが、
わたしにとって、SFは突き詰めてしまえば哲学になってしまうのです。

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■ どこがはじまりなのか…という疑問

タイムトラベルものやタイムリープものでよく聞く「タイムパラドックス」。
例えば、「未来の自分」が過去に行って、「過去の自分」を殺したとき、
「未来の自分」はすでに存在しないわけだから、過去の自分を殺すという事象も消え去るべきだ。

きっと納得できる答えは出ないだろう。
これはひとつの世界線・タイムラインで考えてしまうからパラドックスなのである。
堂々巡りから抜け出すためには、多世界解釈(パラレルワールド)が一番腑に落ちる。
そう、「未来の自分」が殺したのは、別の世界の「過去の自分」なのかもしれない。

多世界解釈を認めるということは、無限の可能性を認めることになる。
人間ではないわたしだって、存在する可能性はある。
すでに死んでしまっていて、現代ではわたしは生きていない可能性もある。
すべての自分はきっとどこかでリンク(繋がって)しているような気がする。
わたしは22歳の会社員だとも言える。
わたしは15歳の高校生だとも言える。
わたしは0歳の赤ん坊だとも言える。
そう考え始めると、どこが始まりなのかわからなくなってしまうのだ。

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■ 「観測される」のはどの過程…という疑問

量子は、誰も観察していないときには「波」になって、
誰かが観察しているときは「粒」になる。


観察されるまでどちらか決定されない。
観察されるまでは、「波」と「粒」がどちらも可能性として存在している。

量子というのは物質を形作っている原子などの物質の単位。
人間の身体も量子でできている。
つまり…、人間も可能性として存在していると言えるのではないか。

いつ誰が観測しているのか。
いつ誰を観測しているのか。
その可能性はいつ確定されるのか。

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学は無限の可能性を利用していろいろと無茶なことをするのですが、
それもまた可能性として存在しているわけで、なかったことにはならない。
「紫色のクオリア」は小説なのです。だから物語のはじまりと終わりが必要なのです。
でも、本当ははじまりも終わりも存在しないのだと思います。

物語の過程で自分が見てきたすべての可能性は、可能性としてそこに消えず存在している。
自分がそれを観測し、あるひとつに確定したとしても、
それを改めて観測し直すことだって、できるはずなのです。
可能性は無限なのだ。無限について記すにはここでは余白が狭すぎる。

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■ 現在について

「シュタインズゲート」や「魔法少女まどか☆マギカ」なども
SFとしてかなりおもしろい作品ですので自分は大好きです。
ただ、「紫色のクオリア」で学が提案した『過去と未来』についての解釈はおもしろかった。

「現在のわたし」が「分岐の始点」になるのよ。

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先程の「どこがはじまりなのか…という疑問」の答えなのだろう。
はじまりは今この瞬間だ。
「過去」も「未来」も「今この瞬間」の自分が可能性の中から選択したものだということ。
そして「今この瞬間」とは0.000000001秒よりも更に小さな単位で変化するものなのだろう。
それは人間の思考回路ではショートしてしまうので考える必要はない。
「今この瞬間」もまた、無限に存在し、無限の可能性を持っているのだ。

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■ 観測者は誰なのか…という疑問

「シュタインズゲート」や「魔法少女まどか☆マギカ」では明言されていないこと。
ゆかりが発した強烈な一言がある。
わたしの運命はあなたには変えられない、と。
自分の運命を決めるのは自分である。
ゆかりの台詞を学の知識で語り直すとこうなるのかもしれない。

「自分の可能性を観測できるのは自分だけ。」

それでわ。
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